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インドネシア映画2019

· Art

8月に『人間の大地』をみてすぐ書くつもりがすっかり年の瀬になってしまった。この2ヶ月はひたすら締め切りが迫った(少し過ぎた)原稿を書き、あるいは編集している本やらの原稿を読んでいたらあっという間だった。ある意味、幸せかもしれないけど、来年は自分で書きたいものを決めて、なるべくそれだけにしたい。

 

さて、今年みたインドネシア映画です。公開は昨年までにされたものもあります。

『隣のお店を要チェック Cek toko sebelah』(予告編):ピン芸人としても活躍するErnest Prakasa監督・脚本・助演。ジャカルタの華人商店を舞台にしたコメディ。急速に変化する都市のなかで、世代間のギャップを軽妙に描いていた。まあベタではあるが、テンポ良く、ドタバタもほどほどで楽しめた。

『アルナとその好物 Aruna & Lidahnya』(日本語予告編):大阪アジアン映画祭2019出展。『チンタに何があったのか(ビューティフルデイズ)』の名コンビが恋愛抜きの友達役。役者の安定感抜群。さすがは韓国の配給会社で、都会的な洗練とインドネシアの地方の魅力も見せてくれる。

『ジャワの悪魔 Setan Jawa』(予告ロングバージョン):「巨匠」ガリン・ヌグロホ監督。ジャワの神話をベースにしたホラー風の無声映画と一部実演、オーケストラの演奏を組み合わせたライブ作品。すごくお金がかかっているわけだが、私には成功しているように思えなかった。隠喩が分かり易すぎて隠喩になってないし、寒々しい恐怖も感じないし、大きな仕掛けが空回りしていた印象。こういう企画についてメディアに書く人たちも関係者だから、誰も批判しない。そういう構造にも危惧を持った。

『私の美しい身体 Kucumbu Tubuh Indahku』 (日本語予告編):<東南アジアの巨匠たち>上映作品(英名 Memories of My Body、日本でもこのタイトル)。こちらもガリン・ヌグロホ、やはり国際交流基金の企画で上映。打って変わってこちらは非常に楽しめた。主人公で日本を拠点としている舞踏家 Riantoの伝記的作品。インドネシア社会で抵抗が大きくなっている同性愛を扱いながらも、「タブーに挑む」という肩に力が入った感じもない。タイトルのとおり、身体的な美しさが存分に引き出されていた。

『人間の大地 Bumi Manusia』(予告編):プラムディヤ・アナンタ・トゥールの同名小説の初映画化。スハルト体制期は禁書となっており、当時の学生たちはコピーを回し読みしていた。研究を始めた頃に日本語の翻訳で植民地期のインドネシアの想像力を膨らませた私としては、原作を思い出すあれやこれやの場面が散りばめられていてそれなりに楽しめた(同世代の多くのインドネシアの視聴者もそうだろう)。エンディングのイワン・ファルスが歌う賛美歌も響いた。

ただ、長編を再現しようとして詰め込みすぎの3時間半はいかにも冗長だった。たぶん原作を読んでないと、「ああ、そうそう」という楽しみもなく、最後まで持たないんじゃないかな。途中の「アッラーアクバール」を叫ぶ群衆とオランダ政庁による虐殺の描きかたなど、現在の文脈でどういうメッセージを視聴者に伝えたかったのかも気になった。いい監督と役者を揃えて、3部作ぐらいにして欲しかったが、不朽の名作の映画化がこれでは残念。